Release: 2012/11/29

○ストーリー
「・‥……ですから、夫に……一樹(かずき)さんに連絡させてくださいと云ってるじゃないですかっ!」

女の声がビィンっと薄い壁を震わせる。
動揺の色濃いその声を耳にしたあとも、2人の男たちはニヤニヤとしたイヤらしい微笑を崩すことはなかった。

「観念しなよ、奥さん……え～と、喜多嶋瑤子ちゃん。……35歳か～……ちょっと若く見えるけど、いいや。実年齢でいこう」
「この手の企画モノが好きな客には堪らないんじゃないですか?　それでいきましょうよ、カントク」

自分を蚊帳の外にして、強引に押し進められていく自分自身の境遇。
夫とはじめたカフェの経営不振による借金の返済のため、夫に言われて会いに来た『信頼できる男』が彼等だった。

「あんた……売られたんだよ。借金のカタとして、自分の夫にな」
「だ、だからそれを……そのことを、果たして本当に真実なのかどうか、夫に確認させて……ください……っ」
「おいおい、瑤子ちゃん――ここに瑤子ちゃんがいるってことが、ホントであるなによりの証拠だろう?」
「そんな、こと……そんなの、ウソよ……!　……わたし、帰ります。帰って夫に、直接話を――」

くるりと踵を返し、ドアへと向かおうとしたところを強い力で手首を握られ、制された。
「瑤子ちゃん、おうちに帰ってさあ……借金返せるアテ、あるの?」

――次々と姿を現さなくなり、いまや街ですれ違ってもあいさつすら交わさなくなった、元常連客たちの面影。
――八方塞だと云わんばかりにため息を吐き、自分との会話すらおっくうがるようになった、痩せた夫の猫背の背中……。
自分が――自分さえ辱めを受け、我慢をし、耐えることさえできれば……
自分たち夫婦はまた、1からやり直すことができるのだ。